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2017年05月24日

基地の島々を結ぶ旅。4ヶ月ぶりの辺野古。

与那国島から飛行機で那覇空港に着いてから、辺野古キャンプシュワブゲートを訪れた。
最後に行ってから4ヶ月ぶりになるはずだ。再会を果たした人も、そこに集う人々も、変わらずにそこに居てくれたことが何よりありがたかった。
昨日は30台あまりのダンプと3回の強制排除があった長い一日だったそうだ。
命を、命の海を守るということは、リレーのように分担して重層的にバトンを渡しあいながら、つなぎ合わせる歴史の継承と似ている。だからここに来る度に感謝の気持ちが湧いてくる。

ネットの中ではその間応援をしていたが、人と人が立つ現場では、全ての五感をフルに使って感性を研ぎ澄まさなければならなくなる。それこそが私たちの身体で獲得しなければならない、この身体感覚こそが情報の海で薄められ忘れ去られようとしている何かなのだろう。

本土からの機動隊は帰ったようだが、地元の沖縄県警と機動隊が現場にいる。気弱な対応をする隊員を現場から外していると聞いた。
また、以前のように現場に立つ隊員に直接語りかけたりするチャンスが取りづらくなったと。
強制排除の時だけ出てきて、目的を達成するとゲート内に引っ込むと聞いた。
接触の機会と時間をなるべく少なくせざるを得ない追い込まれた事情があるのかもしれない。
座り込みの現場で心に撒き続けた種は、芽を出し心の花を咲かせたのかもしれない。わずかながらでも。

政府は歴史の闇から再び共謀罪を引っ張り出してきた。残念なことにそれを許す社会の土壌が命脈としてあるという証明に他ならない。そして共謀罪の適用範囲は真っ先に沖縄なのである。昨年、高江で政府が見せたように、あれは民主主義と憲法破壊の壮大な社会実験の様相を示していた。

しかし、巨悪が跋扈し戦争を画策しているのではなく、多くの人々の心に根強く巣食っている小さな百鬼こそが、無知と無関心を誘発させている。自らの立場を守るために自身を欺くことが一つの悪であり、その総体が巨悪の幻影を生み出している。

辺野古に来る度に感謝と勇気をもらっている。誰が言っていたが勇気だけは経験でしか獲得できないものであると。
今朝は座り込みの現場に行くつもりだったが、予定を変更して伊江島に向かうことにした。
小さな島に課せられた戦争の記憶と現在進行形で進む基地の拡張を見て来なくてはいけないと思っている。










Posted by Moist Chocolat at 09:52│Comments(0)
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