
2017年05月03日
辺野古や高江はダミーかもしれない。石垣島でヒロジさんが陸自配備に踏み込んだ警鐘を鳴らす。
山城博治さんがことのほか沖縄の離島である石垣島に想いを寄せているエピソードがある。
80年代に、当時沖縄県の職員であった博治さんが税金を滞納していた石垣島の於茂登岳の周辺にある開拓集落を訪れた時のことである。
その集落は米軍の嘉手納基地による強制土地接収や様々な事情によって生活の基盤を失った人々が散在していた。琉球政府による計画移民で移り住んだ人々が多く戦後から必死になって開墾し切り開いた集落であった。
博治さんが県職員として訪ねて行くと、つぎはぎ小屋のようなバラックに家族が川の字になって眠っていたのに驚いた。そのあまりにも貧しすぎる現状を目の当たりにして、最後まで税金のことは言い出せずに帰ったという。
それから時が経ち先日、博治さんは再びこの集落を訪れた。今回の訪問は、もちろん税金のことではなく、この集落に隣接して防衛省が作ろうとしている陸上自衛隊基地についてである。
この新基地に隣接しているのは於茂登地区だけではない。開南、嵩田、川原の四公民館全てが地区の総意として反対決議を上げている。
いまや沖縄の平和運動の象徴的な存在になって戻ってきた博治さんと、このように邂逅を果たし手を携えるとは、双方にとって歴史の僥倖と呼ぶほかない。
彼は昔から今まで、まっすぐに最も弱き人々に向き合っていた、人の苦しみがわかる男なのである。
沖縄の島々への陸自配備を扱った映画「標的の島〜風かたか」の上映会後のクロストークに参加した博治さんは、これまで溜め込んでいたであろうその思いを、会場に集まった石垣島の市民に対して、思いのたけを洗いざらいさらけ出して語った。
「沖縄の辺野古や高江の仲間と訪れたかった。大きな中央政府に沖縄が一丸となって抗う運動の今が最大のピークにある。沖縄の全ての力と誇りをかけて対峙している。私はひとりの人間として沖縄に生を受けて良かった。今この時を多くの県民と共に生きていることに喜びを感じます。
沖縄本島でがんばっている人たちも、気持ちは一緒であるとお伝えしたいと思います。しかしこの間、辺野古や高江に張り付かざるを得なかった状況に心を痛めています。もしかしたら、辺野古や高江はダミーで実際のところは先島に自衛隊基地を広大に造ることが目的ではないのか、そんな風にさえ思えてしまいます。実際そうでした。私たちが辺野古・高江にこだわっている間に、あっと言う間に基地建設が始まった」と。
博治さんの先島への張りさけるような叫びを聞いた。
この秘めた想いを汲み取らずして、今回の来島の意は伝わらないと感じている。
私たちは沖縄の分断を、ここの離島から越えられるのかもしれない、それこそが本当のオール沖縄の目指すべき姿であり、日本で唯一自力で憲法を獲得した沖縄だからこそ、日本の民主主義に対しての指針になれると思っている。
この琉球弧の島々の土地を再び戦場にさせてはいけない。
今年も先人たちの血と汗で切り開いた土地にマンゴーやパイナップルが実をつけ始めていた。
私たちは不断の努力によってこそ平和と繁栄の果実を手にすることができるのである。
(追記)来島して頂いた博治さん、クロストークを企画して頂いた三上智恵監督と南西諸島への自衛隊配備に警鐘を鳴らしている軍事ジャーナリストの小西誠さん、沖縄の運動を支えている方々と再会できて力をもらいました。
そして、沖縄の皆さん、全国の皆さん、石垣島の皆さんに、心より感謝申し上げます。










80年代に、当時沖縄県の職員であった博治さんが税金を滞納していた石垣島の於茂登岳の周辺にある開拓集落を訪れた時のことである。
その集落は米軍の嘉手納基地による強制土地接収や様々な事情によって生活の基盤を失った人々が散在していた。琉球政府による計画移民で移り住んだ人々が多く戦後から必死になって開墾し切り開いた集落であった。
博治さんが県職員として訪ねて行くと、つぎはぎ小屋のようなバラックに家族が川の字になって眠っていたのに驚いた。そのあまりにも貧しすぎる現状を目の当たりにして、最後まで税金のことは言い出せずに帰ったという。
それから時が経ち先日、博治さんは再びこの集落を訪れた。今回の訪問は、もちろん税金のことではなく、この集落に隣接して防衛省が作ろうとしている陸上自衛隊基地についてである。
この新基地に隣接しているのは於茂登地区だけではない。開南、嵩田、川原の四公民館全てが地区の総意として反対決議を上げている。
いまや沖縄の平和運動の象徴的な存在になって戻ってきた博治さんと、このように邂逅を果たし手を携えるとは、双方にとって歴史の僥倖と呼ぶほかない。
彼は昔から今まで、まっすぐに最も弱き人々に向き合っていた、人の苦しみがわかる男なのである。
沖縄の島々への陸自配備を扱った映画「標的の島〜風かたか」の上映会後のクロストークに参加した博治さんは、これまで溜め込んでいたであろうその思いを、会場に集まった石垣島の市民に対して、思いのたけを洗いざらいさらけ出して語った。
「沖縄の辺野古や高江の仲間と訪れたかった。大きな中央政府に沖縄が一丸となって抗う運動の今が最大のピークにある。沖縄の全ての力と誇りをかけて対峙している。私はひとりの人間として沖縄に生を受けて良かった。今この時を多くの県民と共に生きていることに喜びを感じます。
沖縄本島でがんばっている人たちも、気持ちは一緒であるとお伝えしたいと思います。しかしこの間、辺野古や高江に張り付かざるを得なかった状況に心を痛めています。もしかしたら、辺野古や高江はダミーで実際のところは先島に自衛隊基地を広大に造ることが目的ではないのか、そんな風にさえ思えてしまいます。実際そうでした。私たちが辺野古・高江にこだわっている間に、あっと言う間に基地建設が始まった」と。
博治さんの先島への張りさけるような叫びを聞いた。
この秘めた想いを汲み取らずして、今回の来島の意は伝わらないと感じている。
私たちは沖縄の分断を、ここの離島から越えられるのかもしれない、それこそが本当のオール沖縄の目指すべき姿であり、日本で唯一自力で憲法を獲得した沖縄だからこそ、日本の民主主義に対しての指針になれると思っている。
この琉球弧の島々の土地を再び戦場にさせてはいけない。
今年も先人たちの血と汗で切り開いた土地にマンゴーやパイナップルが実をつけ始めていた。
私たちは不断の努力によってこそ平和と繁栄の果実を手にすることができるのである。
(追記)来島して頂いた博治さん、クロストークを企画して頂いた三上智恵監督と南西諸島への自衛隊配備に警鐘を鳴らしている軍事ジャーナリストの小西誠さん、沖縄の運動を支えている方々と再会できて力をもらいました。
そして、沖縄の皆さん、全国の皆さん、石垣島の皆さんに、心より感謝申し上げます。










Posted by Moist Chocolat at 20:40│Comments(0)
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